「大規模修繕の話し合いが、もう3年も止まったままなんです」——先日、東京23区内の築42年のマンションにお住まいの方から、そんなご相談をいただきました。
外壁のタイルが浮いているのは全員わかっている。修繕積立金もある程度は貯まっている。それでも決まらない。理由を聞いて、なるほどと思いました。総会に出席するのは、全体の4割ほど。残りの6割のうち、半分は賃貸に出していて連絡がつきにくく、数戸は相続の途中で誰が所有者なのかもはっきりしない。そして改正前の法律では、この「来ない人」が事実上の反対票としてカウントされていたのです。
賛成している人のほうが多いのに、前に進まない。マンション管理の現場では、こうした「多数派なのに動けない」状態が全国で起きていました。
その構造を変えるための法改正が、2026年4月1日に施行されました。区分所有法の改正です。ニュースでは「老朽化マンション対策」と紹介されがちですが、実際にはもっと手前の——毎年の総会や、日々の修繕にまで効いてくる改正です。この記事では、マンションを所有している方、これから中古マンションを買おうとしている方の目線で、変わったポイントを整理します。
今回の改正の正式名称は、「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第47号)です。長いので、以下は「改正マンション関係法」と呼びます。
2025年5月23日に成立し、同月30日に公布。このうち区分所有法と被災区分所有法の改正部分が、2026年(令和8年)4月1日から施行されました(法務省民事局)。マンション管理適正化法・マンション再生円滑化法の一部は2025年11月28日から先行施行されており、段階的に効力が発生している点が特徴です。
改正の背景として法務省・国土交通省が挙げているのが、「2つの老い」という言葉です。建物が古くなる老いと、住んでいる人が高齢になる老い。この2つが同時に進むと、修繕も再生も決まらなくなります。
注目していただきたいのは、いちばん右の数字です。築40年超が148万戸あるのに対して、建替えが実現したのは制度開始からの累計でわずか323件(約26,000戸)。マンション建替円滑化法にもとづく敷地売却等も累計17件(約1,300戸)にとどまります。母数と比べると、再生が進んでいないことがはっきりわかります。
出典:国土交通省「築40年以上の分譲マンション数の推移(2024(令和6)年末現在)」(2025年8月5日更新)。建築着工統計等を基に推計した分譲マンションストック戸数および国土交通省が把握している除却戸数を基に推計。10年後は現在の約2.0倍、20年後は約3.3倍となる見込み。
2044年には、築40年以上のマンションが482.9万戸。いまのストック総数の約7割に相当する規模です。バブル期に大量供給された物件が一斉に築40年を迎えるためで、東京・一都三県の首都圏はその中心地でもあります。この波に間に合わせるために、法律のほうを先に変えた——というのが今回の改正の位置づけです。
実務にいちばん影響が大きいのが、この変更です。
改正前の区分所有法では、集会(総会)の決議の母数は「全区分所有者」でした。100戸のマンションなら、常に100が分母です。総会に40人しか来なくても、分母は100のまま。つまり欠席した60人は、自動的に「反対」と同じ効果を持っていたのです。
改正後は、区分所有権の処分を伴わない事項(修繕など)の決議は、集会に出席した区分所有者の多数決で成立します。委任状の提出者も出席に含まれます。
| 決議の種類 | 主な対象 | 改正後の母数 | 改正後の多数決割合 |
|---|---|---|---|
| 普通決議 | 大規模修繕、管理者の選任、共用部分の管理など | 出席した区分所有者 および議決権 |
各過半数 (規約で別段の定め可) |
| 特別決議 (3/4) |
共用部分の変更、規約の設定・変更・廃止、管理組合法人の設立・廃止など | 出席した区分所有者 および議決権 ※定足数(各過半数)あり |
各3/4以上 ※共用部分の変更は、瑕疵による権利侵害のおそれがある場合やバリアフリー化に必要な場合は2/3に緩和 |
| 特別決議 (4/5) |
建替え、建物更新(一棟リノベーション)、建物敷地売却、建物取壊し敷地売却、取壊し | 所在等不明者を除く 全区分所有者および議決権 ※出席者基準ではない |
各4/5以上 ※5つの客観的事由のいずれかがある場合は3/4に緩和 |
冒頭でご紹介した築42年のマンションで、いちばんの障害になっていたのが「誰が所有者かわからない住戸」でした。相続登記がされないまま何代か経過し、通知を送っても宛先不明で戻ってくる。こういう住戸が数戸あるだけで、4/5の要件は現実的に届かなくなります。
改正法では、裁判所が認定した所在不明の区分所有者を、すべての決議の母数から除外できる制度が創設されました。ここでの「すべての決議」には、普通決議だけでなく建替え等の特別決議も含まれます。
これは非常に大きな変更です。所在不明者が仮に10戸あるマンションで、残る90戸のうち75戸が賛成しているとします。改正前は100を分母とするため75%で4/5に届きません。改正後は所在不明の10戸を除外できるので、分母は90となり賛成率は約83%——4/5を超えます。
「うちのマンション、建替えは無理だと思うんです」——高経年マンションの管理組合でよく聞く言葉です。国土交通省の調査によれば、建替え後の区分所有者の平均負担額は年々増加傾向にあり、一方で建替え前後の利用容積率の比率は低下傾向にあります。つまり「余った床を売って費用を賄う」という従来の方程式が成り立ちにくくなっている、ということです。容積率に余裕のない都心の物件ほど、この壁は高くなります。
そこで改正法は、建替え「以外」の出口を法律上の選択肢として整備しました。
| 再生手法 | 内容 | 向いているケース |
|---|---|---|
| 建替え決議 (従来から可能) |
既存建物を取り壊し、新たなマンションを建設 | 容積率に余裕があり、保留床の売却で事業費を賄える立地 |
| 建物更新決議 (一棟リノベーション) |
既存躯体を維持したまま補強し、すべての専有部分を含む建物全体を更新 | 躯体の健全性が確保されており、建替えより費用を抑えたい場合 |
| 建物敷地売却決議 | マンションと敷地を一括して第三者に売却し、代金を分配 | 居住継続より現金化を望む所有者が多数を占める場合 |
| 建物取壊し敷地売却決議 | 建物を取り壊したうえで、更地にした敷地を売却 | 建物付きでは買い手がつきにくく、更地評価のほうが有利な場合 |
| 取壊し決議 | 建物のみを除却し、敷地は区分所有者が共有のまま保有 | 建物が危険な状態で、敷地の活用方針を後から決めたい場合 |
あわせて、マンション建替円滑化法は「マンションの再生等の円滑化に関する法律」(通称:マンション再生法)に改称されました。名前が「建替え」から「再生」に変わったこと自体が、政策の方向転換を表しています。
出典:法務省民事局「区分所有法・被災区分所有法の改正について(令和8年4月)」掲載の「決議の多数決要件の緩和に関する対照表」をもとに作成。3/4への緩和に必要な5つの客観的事由=①地震に対する安全性を欠いている ②火災に対する安全性を欠いている ③外壁剝離等により周辺に危害を生ずるおそれがある ④給排水管設備の損傷・腐食により著しく衛生上有害となるおそれがある ⑤バリアフリー基準に適合していない。いずれかに該当すれば足り、行政の認定を受けることは要件ではありません。団地型マンションは棟ごと・全体それぞれに要件が定められており、上記とは異なります。
さらに、耐震性不足等で建替え等を行う場合には、容積率に加えて高さ制限についても特定行政庁の許可による特例が設けられました。隣接地や底地の所有権を、建替え後のマンションの区分所有権に変換することも可能になっています。都心部で「建て替えたいが法規制で同じ規模が確保できない」という物件にとっては、現実的な突破口になり得る改正です。
マンションの一室が空き家のまま放置され、水漏れや害虫の発生源になっている。あるいはゴミが堆積して隣室に影響が出ている。こうした「管理不全」の住戸に、これまで管理組合が打てる手はほとんどありませんでした。専有部分は所有者のものだからです。
改正法では、管理不全の専有部分・共用部分等について、裁判所が選任する管理人に管理させる財産管理制度が創設されました。土地・建物について2023年に施行された所有者不明土地管理制度のマンション版、とイメージするとわかりやすいかもしれません。
あわせて、外壁の剥落など危険な状態にあるマンションに対して、地方公共団体が報告徴収・助言指導・勧告・あっせんを行える仕組みも措置されました(こちらは2025年11月28日に先行して施行済みです)。国土交通省は「外壁剥落等の危険なマンションを10年後に概ね解消できる水準」を目標に掲げており、東京23区をはじめ各自治体でマンション管理適正化推進計画の策定が進んでいます。
もうひとつ、購入検討者にとって見逃せないのが管理業者の利益相反への対応です。管理業者が管理組合の管理者(代表者)を兼ねたうえで工事の受発注者にもなる、いわゆる「第三者管理方式」では、価格の妥当性が見えにくいという指摘がありました。改正後は、こうした自己取引等について区分所有者への事前説明が義務化されています。
ここまでは制度の話でした。では、実際にマンションを持っている方、これから買う方は何をすればよいのでしょうか。東京・一都三県で日々ご相談をいただくなかで、私たちがお伝えしている5つのポイントを挙げます。
国土交通省の「マンション標準管理規約」は2025年(令和7年)10月に改正されています。決議要件の考え方が変わった以上、旧いままの規約では総会運営に支障が出ます。とくに、招集通知を「緊急時は5日前まで短縮できる」と定めている規約は改正法に抵触するため、その条項に従った招集はできません。改正区分所有法に抵触する規約の規定は、2026年4月1日以降、効力を失います。まずは自分のマンションの規約が改定済みかどうか、管理組合に確認してみてください。
売却時に買主から必ず聞かれるのが、修繕積立金の残高です。国土交通省のマンション管理計画認定基準では、長期修繕計画の計画期間が30年以上で、残存期間内に大規模修繕工事が2回以上含まれていること、そして計画期間全体から算定される修繕積立金の平均額が著しく低額でないことが求められています。この水準を満たしているかどうかは、物件の資産価値に直結します。
マンション管理計画認定制度は、マンション管理適正化推進計画を策定した市・特別区(町村部は都道府県)が管理状態を審査して認定する仕組みです。国土交通省は改正法のKPIとして、認定取得割合を令和6年時点の約3%から20%へ引き上げる目標を掲げています。
認定を受けると、次のような具体的なメリットがあります。
| 優遇の種類 | 内容 |
|---|---|
| フラット35の金利引下げ | 住宅金融支援機構の【フラット35】で金利引下げを受けられる。返済期間が最長50年の【フラット50】も利用可能 |
| 共用部分リフォーム融資 | マンション共用部分リフォーム融資の金利引下げ |
| マンションすまい・る債 | 住宅金融支援機構が発行する債券の利率上乗せ |
| マンション長寿命化促進税制 | 長寿命化に資する大規模修繕工事を実施した場合に固定資産税額が減額される |
| 情報サイトでの公開 | マンション管理センターの認定マンション一覧のほか、不動産情報サイトでも公開される |
なお、2027年(令和9年)4月1日からは制度が拡充され、新築の分譲時に分譲事業者が管理計画を作成して管理組合に引き継ぐ仕組みが導入されます。認定基準も同時に見直される予定です。
決議の母数が出席者になったということは、裏を返せば「出席した人の意見がより強く通る」ということでもあります。特別決議には定足数(各過半数の出席)が設けられたとはいえ、一部の意見だけで物事が進むリスクは残ります。改正法では電子データで作成された規約を送受信により閲覧できる制度が創設されました。オンラインでの総会参加も規約や運用で対応できますので、こうした手段で参加のハードルを下げておきたいところです。
所在不明者の除外制度ができたとはいえ、裁判所の手続きには時間も費用もかかります。2024年4月から相続登記も義務化されており、放置するメリットはもうありません。ご自身の住戸に相続や共有の問題がある場合は、売却・建替えの検討が始まる前に整理しておくことをおすすめします。
今回の改正を一言でまとめるなら、「多数派が動けるようにした改正」です。
修繕も規約変更も出席者の多数決になり、所在等不明者は裁判所の認定を経て母数から外せるようになりました。建替えという一本道しかなかった再生の出口には、一棟リノベーション・建物敷地売却・取壊しという分かれ道ができました。管理不全の住戸には管理人を、危険なマンションには行政の勧告を。どれも「決められない」を「決められる」に変えるための仕組みです。
ただし、法律が変わっただけでは何も起きません。管理規約の見直し、長期修繕計画の点検、管理計画認定の申請——実際に動くのは、そこに住んでいる方々です。築40年超が148万戸から482.9万戸へと向かう20年のあいだに、管理を整えたマンションと、そうでないマンションの差は、価格という形ではっきり表れていくはずです。
「うちのマンションは、どちらだろう」。そう思われたなら、それが動き出すタイミングです。管理組合の資料を一度ひらいてみてください。そして、売却や住み替えを少しでも考えているなら、いまの管理状態がいくらの評価につながるのか、早めに確認しておくことをおすすめします。
マンションの売却・住み替え、まずは現状の把握から
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無料で相談してみる※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的判断・税務判断を行うものではありません。実際の手続きにあたっては、管理組合の顧問弁護士・マンション管理士・司法書士等の専門家、および所在地の自治体窓口にご確認ください。