「引っ越しの手続きは、全部終わったつもりだったんです」——先日、川崎市のマンションを売却されたお客様が、決済の直前にそうこぼしました。転入届も、運転免許証も、電気・ガス・水道も、銀行口座も、抜かりなく済ませたはず。ところが登記簿の住所欄だけが、8年前に住んでいた練馬区のままだったのです。結局、決済の前に変更登記を挟むことになり、引き渡しは2週間ずれ込みました。
ここが多くの方の落とし穴です。役所に転入届を出しても、法務局の登記簿は自動では書き換わりません。市役所と法務局は、まったく別の帳簿を持っているからです。
そして2026年4月1日から、この「登記簿の住所を放置すること」が、はっきりと法律違反になりました。東京・一都三県のように人の出入りが多いエリアでは、他人事ではありません。この記事では、何をいつまでにやればいいのか、そして手間をほぼゼロにできる新制度「スマート変更登記」について、順を追って整理します。
2026年4月1日から、不動産の所有者は、住所や氏名(法人は本店所在地や名称)が変わった日から2年以内に変更登記をすることが義務づけられました。根拠は改正不動産登記法です。それまで変更登記は完全に任意で、「やってもやらなくてもいい手続き」でした。それが一転、期限つきの義務になったわけです。
出典:法務省「住所等変更登記の義務化特設ページ」(2026年4月1日更新)/登録免許税は不動産1個あたり。土地1筆+建物1棟なら合計2,000円です。
冒頭のお客様のように、「住民票を移したのだから登記も直っているはず」と考える方は本当に多いです。ですが、住民票を管理するのは市区町村、登記簿を管理するのは法務局。両者はつながっていません。マイナンバーカードを持っていても、これまでは自動連携の仕組みがありませんでした。だから、自分で申請しない限り、登記簿の住所は買ったときのまま何十年も残り続けます。
ここが最大の注意点です。義務化の対象は「2026年4月1日以降の引っ越し」だけではありません。それ以前の住所変更・氏名変更で、まだ登記を直していないものもすべて対象になります。10年前に世田谷区から横浜市に移ったきり登記はそのまま、というケースも含まれます。
過去分については猶予期間が設けられており、2028年3月31日までに変更登記をすればよいことになっています。逆に言えば、この日を過ぎると過料の対象になり得るということです。
背景にあるのは、日本全国で膨らみ続けている「所有者不明土地」の問題です。国土交通省の令和6年(2024年)調査によれば、不動産登記簿だけでは所有者の所在が判明しない土地は全国の土地の23%にのぼります。面積にすると九州地方に匹敵する規模ともいわれています。
※バーの長さは最大値(63%)を100%とした相対表示です。※合計が100%にならないのは、上記以外の要因が含まれるためです。出典:国土交通省調査(政府広報オンライン 2025年12月掲載)
注目してほしいのは29%という数字です。所有者不明土地のおよそ3件に1件は、相続でも売買でもなく、ただ「引っ越したときに登記を直さなかった」ことが原因なのです。国が住所等変更登記まで義務化に踏み切ったのは、この29%を減らさない限り問題が解決しないと判断したからにほかなりません。
総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告 2025年(令和7年)結果」によると、2025年の市区町村間移動者数は519万548人。日本人の約24人に1人が1年のあいだに引っ越している計算です。そして、その人の流れが最も集中しているのが一都三県です。
※転入超過数=転入者数−転出者数。東京圏(一都三県)の合計は12万3,534人で、前年より1万2,309人の縮小、4年ぶりの減少となりました。※バーの高さは東京都の値を基準とした相対表示です。
転入超過はあくまで「差し引き」の数字ですから、実際に一都三県内で動いた人の数はこれよりはるかに多くなります。東京23区から都下へ、あるいは千葉・埼玉の郊外へ——首都圏は日本でいちばん住所が動くエリアです。それだけ、登記簿と実際の住所がずれやすい土壌があるということでもあります。
期限内に変更登記をしないと、不動産登記法に基づき5万円以下の過料が科される可能性があります。ただ、2年を1日でも過ぎた瞬間に請求書が届く、という運用ではありません。実務上は次のような段階を踏みます。
| 段階 | 何が起きるか |
|---|---|
| ステップ1 | 法務局が、変更から2年を過ぎても登記が更新されていないことを把握する |
| ステップ2 | 所有者に対し、期限を示して変更登記を促す通知(催告)が届く |
| ステップ3 | 期限内に変更登記を申請するか、スマート変更登記の申出をすれば過料は科されない |
| ステップ4 | 正当な理由なく応じない場合、裁判所に通知され、裁判所の判断で過料が決定する |
法務省は、以下のような事情がある場合を「正当な理由」として想定しています。
これら以外にも、個別の事情に応じて判断されるとされています。とはいえ、通知が届いてから慌てるより、先に済ませてしまうほうが精神的にもずっと楽です。
義務化と同時に始まったのが、負担軽減のための新制度「スマート変更登記」です。あらかじめ簡単な申出を1回しておけば、その後は法務局が住民基本台帳ネットワークを検索して住所変更を把握し、本人の了解を得たうえで職権で登記を書き換えてくれるという仕組みです。以後は引っ越すたびに申請する必要がなく、義務違反にも問われません。
この仕組みを使うために必要なのが「検索用情報の申出」です。提出する情報は次の5つだけです。
添付書類も、多くの場合は運転免許証やマイナンバーカードの写しだけ。押印も電子署名も不要で、専用ソフトも要りません。法務局の「かんたん登記・供託申請」からWebブラウザ上で完結し、登録免許税などの費用は一切かかりません。申出後の流れは、法務局が少なくとも2年に1回住基ネットに照会 → 変更があった方にメールまたは書面で確認 → 同意した方から順次登記、というものです。
| 方法 | 費用の目安 | 手間 | 向いている人 |
|---|---|---|---|
| 自分で申請 | 登録免許税 1,000円/不動産1個 | 申請書作成・住民票取得・法務局へ提出 | 変更が1回だけで、地番も把握できている方 |
| 司法書士に依頼 | 報酬 約1万4,000円+登録免許税 ※都市部は2〜3万円程度のことも |
書類を渡すだけ | 住所変更が複数回、共有名義、地番が不明な方 |
| スマート変更登記 | 0円 | 最初に申出をするだけ。以後は自動 | 国内在住の個人所有者のほぼ全員 |
※司法書士報酬は「土地1筆+建物1棟」の全国平均値(日本司法書士会連合会「報酬アンケート結果」2024年3月実施)。地域や案件により変動します。※スマート変更登記は職権登記のため登録免許税がかかりません。
過料そのものは5万円以下ですが、実務で本当に痛いのは別のところです。土地や建物を売るとき、登記簿上の住所・氏名と現在のものが一致していなければ、売却手続きに入る前に変更登記を済ませなければなりません。買主が住宅ローンを組んでいる場合、金融機関の決済日は動かしにくいものです。そこに書類集めが割り込むと、冒頭のお客様のように引き渡しが後ろにずれます。
さらに、本人確認の場面で住所・氏名の不一致が判明すると、買主に「この売主、大丈夫だろうか」という不安を与えかねません。数万円の話ではなく、交渉の空気そのものに影響するのです。
「相続登記の義務化なら聞いたことがある」という方も多いと思います。両者は別の制度で、期限も過料の上限も異なります。混同しやすいので、表で整理しておきます。
| 項目 | 住所等変更登記 | 相続登記 |
|---|---|---|
| 義務化の開始 | 2026年4月1日 | 2024年4月1日 |
| きっかけ | 引っ越し・結婚などによる住所・氏名の変更 | 相続による不動産の取得 |
| 期限 | 変更の日から2年以内 | 取得を知った日から3年以内 |
| 過料の上限 | 5万円以下 | 10万円以下 |
| 施行前分の期限 | 2028年3月31日 | 2027年3月31日 |
| 負担軽減の仕組み | スマート変更登記 | 相続人申告登記 |
出典:法務省「住所等変更登記の義務化特設ページ」「相続登記の申請義務化特設ページ」(2026年8月時点)
もし相続した不動産をお持ちなら、期限が先に来るのは相続登記のほう(2027年3月31日)です。どちらも未了という方は、法務局や司法書士に相談するときにまとめて片づけてしまうのが効率的です。
Q. 住所等変更登記はいつまでにすればいいですか?
A. 住所や氏名が変わった日から2年以内です。2026年4月1日より前に変更があってまだ登記していない場合は、2028年3月31日までが期限になります。
Q. 転入届を出せば登記簿も自動で変わりますか?
A. 変わりません。住民票は市区町村、登記簿は法務局が管理しており、自動連携はありません。ただし「検索用情報の申出」を済ませておけば、以後は法務局が住基ネットを検索して職権で登記してくれます(スマート変更登記)。
Q. 変更登記をしないと必ず過料5万円ですか?
A. いいえ。まず法務局から催告の通知が届き、その期限内に変更登記を申請するかスマート変更登記の申出をすれば過料は科されません。病気やDV被害など「正当な理由」がある場合も対象外です。
Q. スマート変更登記の費用はいくらですか?
A. 検索用情報の申出も、その後に法務局が行う職権での変更登記も、費用は0円です。登録免許税もかかりません。オンラインなら電子証明書も不要で、添付書類は多くの場合、身分証明書の写しのみです。
Q. 自分で申請する場合、いくらかかりますか?
A. 登録免許税が不動産1個につき1,000円です。土地1筆と建物1棟なら合計2,000円。ほかに住民票の写しなどの取得実費がかかります。司法書士に依頼する場合の報酬は、土地1筆+建物1棟で全国平均1万3,913円(日本司法書士会連合会 2024年3月調査)、東京など都市部では2〜3万円程度になることもあります。
Q. 賃貸に住んでいる場合も対象になりますか?
A. 義務の対象は「不動産の所有者として登記簿に記載されている方」です。賃貸にお住まいでも、別に投資用マンションや相続した土地などを所有していれば対象になります。逆に、不動産を一切所有していなければ関係ありません。
整理すると、やるべきことはシンプルです。住所や氏名が変わったら2年以内に変更登記。過去の変更分は2028年3月31日まで。そして「検索用情報の申出」を一度済ませておけば、以後は法務局が自動でやってくれる——この3点だけです。
東京・一都三県は、日本でいちばん人が動くエリアです。2025年だけで東京圏には12万3,534人が転入超過で流れ込みました。それだけ登記簿と実際の住所がずれやすいということでもあります。そして、そのずれに気づくのはたいてい「家を売ろうとしたとき」。いちばん慌ただしいタイミングです。
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※本記事は2026年8月17日時点の公表情報に基づいています。個別の登記手続きの可否や必要書類については、管轄の法務局または司法書士・弁護士にご確認ください。